御朱印蔵 御朱印蔵(ごしゅいんぐら)とは朱印状の収蔵庫で、近郷吉川村の新山神社から譲り受けた御朱印状(※)を納めるために、6代目堀米四郎兵衛則勝が願主となって、文久
3年(1863)に建立したものである。唐破風向拝付入母屋造の土蔵で、棟梁は松田仁作、設計及び正面の彫刻は細谷藤吉、木鼻の獅子は高山文五郎の作、ともに郷土の生んだ
名匠である。

 ご朱印蔵は幕府の権威を誇示した建築なので、明治政府の代になるとすべて取り壊された。しかしこの地は辺地にあったほか、宛名がよその朱印状であったこともあり、難を逃れ残ったのである。ご朱印蔵としては県内唯一のものであり、全国的にも珍しい建物と云われている。

朱印状・・・社領の安堵状。戦国時代から江戸時代初期にかけて、将軍や大名が朱肉の印をおして使用した公文書。軍事命令や領地の授与、法令の発布、外交文書などに用いられた。朱印は花押の代用として使われはじめ、黒印よりは重いものとされた。