下槇遺跡 国道287号を要害から西里へ向かって間もなく、南側に少し入った水田の脇に遺跡を示す立て札があります。昭和五五年に県教育委員会が発掘調査を行った後、県営ほ場整備事業が実施され、現在のような美田となりました。

 調査の結果、竪穴(たてあな)住居跡(じゅうきょあと)が八棟、ほかに溝跡や土壙(どこう)などが検出されています。出土した土器は土師器がほとんどで、壺・高坏・器台などの種類があります。土器の特徴から、古墳時代前期(約一六〇〇年前)頃に営まれた集落跡と考えられます。特筆すべき遺物として二点の「石製(せきせい)垂飾(すいしょく)」があります。(図はそのうちの一点。滑石製。高さ二・七センチメートル、最大幅二センチメートル、厚さ0・二センチメートル)同様の資料は全国で十数例しかありません。上部に二つあいている穴に糸を通してつり下げて、装飾として用いられたと考えられています。ただし、耳飾りなのか、首飾りの一部なのか、そもそもこの形が何を表現しているのか、まだ明らかになっていません。他にも、勾玉(まがたま)に小さな勾玉がたくさんくっついたような「子持ち勾玉」や直径三・七センチメートルほどの石製円板など、日常生活からは少し離れた遺物が出土しています。占いやまじないなど祭祀(さいし)的な様相を強く感じさせる遺跡といえます。
下槇遺跡