天満の一里塚 谷地から白岩への旧道は、出羽三山参詣のために関山峠を越えてくる人々や、村山方面からの三山道者たちの通路としても栄えた道でした。

 西里の中島・治部橋を通り、天満地区が終るあたりの南側路傍に「一里塚」がひっそりとあります。かつては、塚に植えられた姿の良い松がそびえていて、遠くからもよく目立ったのですが、二年前枯れてしまいました。現在は、その切株が百五十年の年輪を晒して朽ち果てるのを待つかのようです。

 異説がありますが、この一里塚は谷地白岩間の里程の目印としたものと伝えられています。昔の旅人は歩く外なく、一里毎に塚に植えられた樹木を目印とし、その下で旅の疲れをいやしたのでしょう。

 切株の根元に、「馬頭観世音」と刻まれた嘉永二年(一八四九)に建てられた石碑があります。荷駄を負い共に旅する馬の安全を祈ったのでしょう。並んで「山神」と刻字された小さめの碑もあります。

 少し奥に、高さ三メートル程に育った若松があります。五メートル四方程の小さな「塚」に、昔をいとおしむかのように草花も植えてあります。

 谷地小唄に、「見返り松の一里塚、ホホホイ谷地ヨー」と唄われています。