舟つなぎの松  谷地南部小学校のプールの西側に荒町北の稲荷神社があります。境内には四百年を超す松の樹があり、舟つなぎの松と呼ばれています。この松の北側には渋川があり、茨江(ばらえ)・鉾江・道海を通って、最上川に注いでいます。大洪水になれば、小舟などは渋川へと避難したでしょうから、舟をつないだという伝承が生まれても不思議でありません。

 最上川舟運の帰り荷の主なものに塩があります。谷地で仕入れた塩の量は、「春千駄秋千駄」と言われ、年間四千俵にものぼりました。明治中期までは、渋川沿いに塩蔵が何棟も並んでいたそうです。だから、塩を運ぶ小舟がこの付近まで、何回も往来したものと思われます。昔、味噌や醤油は自家製でした。谷地で醤油屋を創業した家は、天保の頃の桜井源蔵家であり、その一族や近所に業者が増えてきました。やがて、醤油と味噌は岩根沢や本道寺の宿坊に卸され、三山詣りのお行様をもてなしました。

 また、老人の記憶によると南部小学校には沼がいくつもあったと言いますから、川が蛇行していたため湿地がのこっていたのかも知れません。最上川に待望の堤防工事が始まったのは、昭和八年になってからのことで、以来河北町は災害の少ない安住の地だと言われるようになりました。