不動木遺跡 南を寒河江川、東を最上川で区切られた本町の南東部一帯には古墳時代から奈良・平安時代頃に営まれた集落の跡が多く確認されています。その中で南に離れ寒河江川に近いところに位置するのが不動木遺跡です。県営ほ場整備事業にともなって、昭和六十年に県教育委員会によって発掘調査が行われました。

 その結果、竪穴住居跡が八棟、掘立柱建物跡が二棟、ほかに溝跡などが検出されています。遺物としては、土師器と須恵器という土器を中心に、砥石などが出土しました。魚を捕る網のおもりに用いた土錘が二点出土しており、寒河江川に近いという立地の特色を示しています。

 実際に訪れてみると、寒河江川の堤防が間近に見え、堤防などなかった時代には洪水に見舞われたのではないかと心配になります。しかし、堆積した土層の様子を見ると、周囲より高いしっかりした場所を選んでいることがわかります。

 ただ、集落が営まれた期間は奈良時代の後半から平安時代の始めにかけての数十年間に限られているようです。周囲の遺跡では比較的長い期間にわたって集落が営まれる例が多いのに、不思議なことです。