岩木観音堂と慈眼院  「右公王んおん、左や満みち」と刻まれた弥勒寺の追分石を右に辿り、約700メートル進むと岩木観音堂の門前に着く。参道を上ると、うっそうと茂った木立の中にお堂が建っている。

 この観音堂は、嘉慶元年(1387年)に岩木村の教円坊によって開かれた。教円坊は元来、きこりであったが、路傍に埋もれていた木像の観音を持ち帰って信仰し、岩木山腹の浄地を選んで観音堂を建立したといわれる。仏像は仏師「運慶」の作で、霊夢を感じた運慶が神樹を伐り、一刀三礼して丈一尺八寸(約55センチメートル)の観音像を彫刻したものと伝えられている。

 別当の慈眼院は、もと慧日山浄聖寺普門院とも称され、天台宗葉山大円院を本寺としていた。

 境内には青麻権現・地蔵堂・稲荷堂・不動明王堂などの諸堂もあり、最上三十三観音巡礼第十八番の札所となっている。旧正月には町内外から多くの参拝者が訪れ賑わう。