三ツ川一橋  引竜湖を源にして流れる法師川に添って、岩木の道(県道285)を北上すると、家屋がまばらになった所に出、そこを右折し少し下ると、法師川に架かった岩砂橋に出ます。この一帯は河岸段丘特有の地形で、階段状の小高い丘が広がっています。前方にはこんもりと杉小立が見えて、その辺を「三ツ川一橋」と呼んでいます。

 丘を上がると三叉路に出ますが、そこは河北町と村山市の境界で、直進すると湯野沢に至ります。右折して岩枝地区に50メートルほど進むと、岩砂橋から見た杉小立が右にあり、中に二つの碑が見えます。一つは4メートルを越す堂々とした「新田開墾記念碑」で、並んで建っているのが「耕地整理記念碑」と刻まれた2メートルに満たない碑で、昭和7年に建立されたものです。

 昔、法師川は三筋に分かれて流れていました。源義経がここにさしかかった時、弁慶が一行を渡すため、大石を担ぎ三本に流れているところに落として橋を架けたと言われ、「三ツ川一橋」と呼ばれる由縁です。その時担いだ石に弁慶の手の跡が残ったと言われており、「耕地整理記念碑」という、小さな方の碑の台座になっているのがその石だと語りつがれています。