長楽寺梵鐘  この梵鐘は、寛文10年(1670)5月山形銅町で鋳造されたものです。山形銅町で作られて現存するものの中では、県内で最も古いものです。制作者は「大工」として峯田甚四郎・佐藤権四郎の名が刻まれています。

 総高103、口径47センチメートル、爪の大きいのが特色です。さらにこの鐘には、「羽州村山郡北寒河江庄谷地長楽寺宗賢」と陰刻してあります。

 ところがこの鐘の前に、千秋左兵衛道味という鉱山師が慶安四年(1651)に寄進した鐘があって、これには「出羽国最上郡延沢銀山長楽寺宗堅」と記銘されていました。この梵鐘が破損して、今の鐘にかわったのです。

 このことは、長楽寺が慶安四年には延沢銀山にあったことを示します。その他の史料で調べてみますと、宗賢(堅)の前の住職祐賢は、石山合戦(1570~80)に織田信長と戦って、本願寺から褒賞をもらった傑僧でしたが、慶長15年(1610)には、谷地に寺を構えていたことが知られます。

 この梵鐘は、山形銅町の初期の技術水準を示し、また隆る貴重な歴史資料として、大戦中に鋳つぶされないで残ったものです。