溝延八幡神社本殿  溝延八幡神社本殿は、棟札によると、寛文7年(1667)6月の建立で、一間社流造(いっけんしゃながれづくり)といわれる社殿の秀作であるとされます。

 桁行一間(けたゆきひとま)(7尺5寸)、梁間一間(6尺)で、正面に向拝(こうはい)が付いています。軸部の構造、組物、軒、蟇股(かえるまた)、妻飾、向拝の虹梁など、すべて詳細の解説は省略しますので、是非出むかれて、じっくり御覧になってください。できれば他の神社の本殿(写真でも結構)と比較してみると江戸時代前期の丁寧な建造物であることを確認してもらえると思います。

 縁起によると天慶年間(938~47)の創建とか、源頼義・義家父子の崇敬がいわれたりしますが、現在の八幡神社の社地は、大江氏が南北朝時代に溝延城を築いたとき、縄張りされたものと考えます。

 かつて溝延八幡の神宮寺(八幡神社を管理していた寺)の本尊阿弥陀如来の厨子に「奉造立溝延八幡宮大菩薩 願主大江義信朝臣」とあって至徳2年(1385)が記されています。この頃を溝延八幡や神宮寺が整備される時期と考えたいところです。

 寒河江荘の三八幡とされた溝延・谷地・寒河江八幡の中で最も古い建造物であるこの本殿が、溝延の大欅とともにその歴史を語っています。