北口市神  春のことぶれする雛市。繁栄を今に伝える北口の市神はもっとも験ある市神だった。
 平安時代以降の商工業者の発達は、座や株仲間を組織して独占販売権、非課税権、不入権などの特権を形成しつつ、戦国時代には経済的利益が独占され既得権化していました。

 戦国大名は、これらの特権を排除して強力な領主権の確立を目指すと共に、税の減免をとおして新興の商工業者を育成し、自由取引市場をつくり、座を解散させるなどの経済の活性化策を推し進めました。楽市令、破座の策です。

 近世の北口村は戸沢藩に属しました。北口は上谷地郷の町方として小店舗の営業と市の開設が行われました。北口の市は2と6の日に、乾物や古着、古布、蔬菜類、薪などが扱われ、大町は5と10の日に、荒町は4と8の日にそれぞれ定期に、または特設に開設され、地方の生活を支えました。

 それらの市が立つ範囲を示すのが市神で、地蔵堂の市神のように多くは自然石であるのは、その日神招ぎをする市神様の依り代としたからでしょう。