溝延西小路の追分石  旧溝延本村内では、ただ一つの追分石があります。道の分岐点に立って旅人に行先を教えてくれます。この石には「右やまでら、左おさなぎ」としっかり刻まれています。

 やまでらは、説明を要しませんが、「おさなぎ」とは、東根市神町の現若木(おさなぎ)神社のことです。以前、白岩の富士屋(工藤芳治氏宅)で、行者に配った道しるべの板木を見せてもらいました。それには『宿門三郎 しらいわ ひわだ てんま にしざと 此所御制札より右江行 ようがえ やち 此所たかせきの舟渡場 しんでん おさなぎ』とあり、三山詣りが終わったあと、「おさなぎ」を参詣する人が多かったことを示します。

 若木は、疱瘡(ほうそう)守護神日本一社若木大権現が鎮座する所で、疱瘡よけの神として崇敬をうけ、信仰圏は東北全域に広がっていました。2005年3月、合併前の宮城県河北町を訪れた時、海蔵庵板碑群近くの公民館の所に、二基の「若木権現」の石碑がありました。土地の人々は、すでにそのいわれも読み方も知りませんでした。三山詣りを終えた行者の中には、白岩から三泉をへて、溝延経由の人たちも多かったのでしょう。山寺の参詣者は、右を舟戸の渡しへ、左の道は田井の渡しへ出たものでありました。