八代将軍吉宗時代の享保期(1716~)頃の雛で、元禄雛の流れを汲み、享保文化の隆盛とともに豪華絢爛を競っていきます。面長の優美な表情に金襴や錦の装束を用いて、男雛は袖を張り、女雛の袴はふくらみをもたせた、大変豪華な作りです。その豪華さから、度々幕府のお触れにより製造が制限されました。

(紅花資料館蔵)