明和期(1764~)頃に、上野池端の大槌屋が原舟月に作らせたものが始まりといわれ、写実的な容姿と見た目のきれいな装束で流行し、現代雛の原型といわれます。当初は木地彫に切り目でしたが、需要の増加とともに彫塑に改良され、両眼に瑠璃玉(ガラス)をはめ込んだものもあります。

(紅花資料館蔵)