紀元 西暦 できごと
延長 5 927 『延喜式』に紅花上納の記事あるも出羽国では貢納の義務なし
天正頃 1573~ 河北地方に紅花栽培拡大される(安楽寺文書)
天正 5 1577 織田信長、名馬献上の返礼として谷地城主白鳥十郎に紅50斤を贈った
寛文12 1672 西廻り航路で羽州御城米船が酒田を出航
延宝 8 1680 紅花の帰り船佐渡沖で難破、慈眼寺本尊行方不明となる(慈眼寺文書)
天和 2 1682 京都の紅問屋「稲荷講」を組織する
天和 3 1683 友禅染めの小袖京都で流行、女性の衣服制限令出される
元禄 2 1689 芭蕉「奥の細道」行脚
元禄12 1699 紅花 芭蕉「奥の細道」記事、この年より記入される(大町念仏講帳)
元禄16 1703 大石田河岸が栄え、舟数264になる 友禅染流行
正徳元 1711 紅染下地、この頃より土産につかわれる
享保元 1716 雨不足、紅花高値  北口市公認なる  享保の改革はじまる
享保 4 1719 大雨、大洪水、破船つづく  紅花駄不足故に高値となる 80両
享保 7 1722 紅花京商い高値、商人利益多し  倹約令出る
享保10 1725 5月大洪水、紅花駄数不足400駄ぐらい
享保14 1729 大日照り、紅花不足、農民商人迷惑する
享保15 1730 『名物紅の袖』記される
享保18 1733 湯殿山縁年参り賑わう
享保20 1735 幕府が紅問屋(稲荷講)を公認、産地直扱い禁止される
元文 3 1738 紅花問屋から荷主あてに品質低下の苦情申し入れあり
元文 5 1740 柊屋甚右衛門ら代表6人が、京都所司代に対し稲荷講を訴訟するが、判決くだらず
寛保元 1741 紅粉屋へ現金直売仰付けられる
宝暦 2 1752 谷地の久兵衛、儀兵衛ら「紅花売買場所」を京都に設立する運動を起こす
紅花上作、谷地郷豊作、京着50両
宝暦 5 1755 谷地郷より340~350ほど生産  大凶作庶民飢えに苦しむ
明和 2 1765 京紅花問屋の専売崩れ、最上紅花高値となり百姓喜ぶ
この頃『風流松の木枕』記される
明和 3 1766 6月29日、紅花積み船転覆、11人死亡する
安永元 1772 京紅花問屋、紅花売買の独占権幕府に願い出る
天明 8 1788 古川古松軒『東遊雑記』を記す
天明 9 1789 家具・紅染衣服・道具の贅沢禁止令出る
享和元 1801 照り勝ちにて紅花不作、上方不景気、商人弱る
享和 2 1802 天候不順、紅花船能登沖にて破船、谷地商人損害甚大となる
文化 3 1806 5月大洪水、紅花流され駄数不足する
文化 5 1808 干花下落し、残花多く、最上一統迷惑する
文政 5 1822 後沢の太田幾右衛門に伏見宮より紅餅のご用命あり
文政 7 1824 日照りつづき、紅花2度蒔付け、紅花不景気、庶民難儀する
天保元 1830 洪水にて紅花不作、畑作は虫付く
天保 4 1833 大飢饉諸人飢える  紅花不作  紅花種の他国出荷を禁止する
天保 7 1836 住吉大社に紅花荷主、紅花問屋によって紅花燈籠寄進される
天保11 1840 越後今町沖にて2船破船、山形商人被害多し
天保12 1841 天保の改革はじまる
天保13 1842 最上川航行制限解除、谷地河岸賑わう  荒町村大火
紅花商人によって神明宮再建される
嘉永 6 1853 本木林兵衛・藩州姫路の商人達、下槙白山神社に石籠を建立する
紅花資料館の武者蔵を建立する
安政元 1854 紅花資料館の座敷蔵の襖絵描かれる
安政 2 1855 8月若狭沖にて紅花船破船、谷地・山形商人被害受ける
安政 3 1856 紅商人によって定林寺に五百羅漢寄進される
安政 6 1859 安政の開国条約結ばれ、外国産紅花輸入される
文久 3 1863 紅花旱(ひでり)損により不作 紅花摘み日記書きはじめる
紅花資料館の御朱印蔵建立する
元治元 1864 紅花並作  京都大火につき、紅花高値となる
慶応 2 1866 谷地大火  大洪水、紅花流される  沢畑刀作り盛んになる
明治 8 1875 大洪水、最上川通り紅花流され百姓弱る  新桑植栽はじまる
明治10 1877 「第1回国内勧業博覧会」に紅花を県として出品する
明治14 1881 この年より紅花相場の記録なし
明治22 1899 皇太神宮遷宮式に先代岩渕栄治が紅餅を納入する
明治41 1908 皇太神宮遷宮式に高島屋を経て岩渕店にご用命があり紅餅を納入する
大正 5 1916 新紅花摘み唄流行する
大正 9 1920 明治神宮遷宮式に岩渕店が紅餅を納入する
昭和 3 1928 天皇御即位式に高田装束店を経て出羽村農会が紅餅を納入する
昭和 4 1929 皇太神宮遷宮式に高田装束店が紅餅を納入する
昭和28 1943 皇太神宮遷宮式にご料の足しに(紅花を)納入する
昭和40 1965 山形県紅花生産組合連合会が設立される
昭和55 1980 『べに花の里・かほく』を標榜する
昭和59 1984 紅花資料館開館する
昭和61 1986 紅の館完成する