納材義務化された紅花 当時紅花はどの辺で植えられ、役所ではそれをどの俵にして入手したのであろうか。行政のきまりをまとめた「延喜式」によると、17才から20才までの男子に対し、一人につき20匁(もんめ)ずつの紅花を税として納めるように義務づけた、と記されている。ただし、納税を命じられたのは、全国68ヵ国のうち次の24ヵ国である。

 

 伊賀・伊勢・尾張・三河・駿河・甲斐・相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・信濃・上野・下野・越前・加賀・越中・因幡・伯耆・石見・備後・安芸・紀伊。

 以上24ヵ国を順に今の県名にすると、順に

 三重・愛知・静岡・山梨・神奈川・東京・千葉・茨城・長野・群馬・栃木・福井・石川・富山・鳥取・島根・広島・和歌山

 の各都県になる。

 その中にわが山形県(出羽国)は入っていない。「延喜式」では飛騨・陸奥・出羽・壱岐・対馬の各国は遠いので、納税を免除したと書いてある。最初、紅花は九州・四国・奥羽地方以外の、各地で栽培されていたことになる。その頃、紅花はまだそれほど多く必要としなかったので、商品化されておらず、国では納税を義務づけて、必要量を確保しなければならなかったもので、納税義務を免除されている国々では、栽培しなかったものと思われる。

 貴族社会の紅花消費量は相当の量に達したと思われるが、一般の庶民にとっては紅花はまだ高嶺の花であった。